当時のことを振り返ってみると、まだ外は日も暮れておらずまだ明るい17時過ぎのことでした、中波帯域の雑音を聞いていると、「シュワシュワシュワシュワ」とノイズ音が短い周期でうねっており、この音を聞いた私は、都市雑音だらけとも言ってよい神奈川県川崎市の自宅では決して聞いたことのないこのノイズの雰囲気に、「何かが始まるんじゃないか?」といったゾクゾクする雰囲気を感じていたのでした。
さて、当時のアルゼンチンと日本の間の夜間ゾーンをDX Atlasで再現すると次のようになります。当時の受信点の日の入りは18時過ぎで、まだ外は明るい様子であったことがこの図からもわかると思います。
同行してくださった、ベテランDXerの方が、「870kHzのこれ、アルゼンチンでたぶん間違いないですよ。たぶんもうすぐステーションコールが出ると思うよ。」と私に教えてくれました。私もさっそく自分のペルセウスレシーバーで870kHzを聴いてみました。何やらスペイン語のトークが聞こえます。”中波帯でスペイン語が聞こえている!、しかもクリアに!” さらに私のゾクゾクとした気持ちが高まります。”これは一体!?”
そして、17時30分頃、男声のスペイン語で、
"Un país, una radio Nacional.”
(一つの国、一つのラジオ、ナショナル)
とステーションコールが出たのでした。教えてくれたベテランDXerの方が、「はい!出ましたね(ニヤリ)。」と確信に満ちた顔で教えてくれたのを強烈に憶えています。私は何せ初めての受信だったわけで、”凄いものを聴いた”という気持ちでいっぱいになっていたのでした。
しかし、中波の遠距離伝搬は夜間伝搬が定石のはずなのに、なぜ日没前の明るい時間帯に受信できたのか? これが当時の私の疑問点でしたが、ITU-R勧告P.1147-4 150KHz~1600kHzの周波数帯における空間波(電離層反射波)電界強度の推定法」と電波研究所季報Vol.29 No.52「長・中波空間波宴会強度計算のためのコンピュータープログラム開発」読み込むことで、この疑問が解消できました。これらの文献では、TP-DXのように、伝搬距離が2000㎞を超える場合は、下図に示すように、送信局から発射されれた中波電波は、送信点から750km離れた上空100kmにある電離層E層で最初に反射され、その後、地上-電離層間の反射を繰り返し、受信点前方750k地点の上空100kmにある電離層E層で反射された電波が最終的に受信点に到達すると仮定されており、この二つの反射点のことはコントロールポイントと呼ばれています。
説電波研究所季報Vol.29 No.52 「長・中波空間波宴会強度計算のためのコンピュータープログラム開発」から抜粋 |
この仮定は国際勧告で電波伝搬の専門家達により採用されたものですので、特殊な異常伝搬を除き、我々の中波DXにおける伝搬を考える際にも採用して問題ないはずです。先のDX Atlasの図からも分かるとおり、実際の今回紹介したラジオ・ナショナルの受信においても、受信点はまだ日没前の明るい状況でしたが、ブエノスアイレス方向前方750km地点付近は、グレーゾーンから夜間地帯となっており、ここでのE層における反射により電波が到来したのだと考えられます。
この受信体験を通じ、ますます私の中波DX熱が高まったのは言うまでもありません。中波における電離層反射波の電界強度推定法について、文献調査並びに北米中波局の電界強度推定結果についてまとめたものを、戸塚DXerサークルの年刊誌”PROPAGATION Vol.6"に掲載(※)しておりますので、ご興味のある方は読んで下さると幸いです。
(※)添え字等にいくつか誤記が見つかっております。誤記訂正は来年のPROPAGATION Vol.7に掲載いたします。申し訳ありません。ご質問等あればいつでもご連絡ください。
(余談)この動画を、渋谷の外国人パブで、アルゼンチンから来た若い女性に見せたところ、「えーっ、日本で聞こえたの!凄いわね。自分はタクシーの中で良く聴いたわよ。」と話しのネタになったのはいい思い出です。😉
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